「墓石」の倒壊から推定された地震力

ひょんなことから、佐久間順三先生という有名な建築構造関係の専門家のお話しを拝聴する機会を得ました。先生のプロフィールは以下の通りです。

お話しは、木造住宅の耐震補強の実務や補強事例の解説に関するもので、その中ですごく興味をもったことがございました。それは「標準層せん断力係数 Co」の成り立ちです。この係数は地震による揺れが発生したときに、建物の重さに対してどのくらいの力がかかることになるのか?ことを算出するにあたっての係数で、原稿の建築基準法では「0.2以上」という値が定められています。言い換えますと、建物重量の2割以上を地震力として考慮しますよ?ということになります。

佐久間先生のお話でご紹介いただいたのは、この係数の成り立ちは「家屋耐震構造論」という、佐野利器先生の論文からくるものだということです。佐野先生は、日本の「耐震工学の父」と言われる先駆者の方です。

佐久間先生の解説によると、佐野先生がなさったことは、複雑な地震による建物への影響をできるだけ単純かつ明確に予測できるようにするために、「水平震度」というものを割り出すことで、建物の重量との間で物理的な釣り合い式を使って一つの目安にならないものか?ということをお考えになったそうです。そこで調査されたことは「墓石の倒壊」だったそうです。水平震度というのは物理的な釣り合い式、つまり、墓石の中心に作用する横から押される力に対して墓石が倒れないで居続けるための力との関係より

水平震度=墓石の幅/墓石の高さ

で計算されるもので、明治27年から明治39年に発生した地震で倒壊した墓石を調査し、その際のデータが以下の通りです。

例えば、濃尾地震での0.3というのは、高さ1mで幅30cmの墓石が倒壊したということで、これ以上のものは倒れていなかったということなわけです。これらのデータを元に、佐野先生はおおよそ水平震度として「0.1~0.3」程度、つまり建物重量の10~30%程度が水平力として建物に作用していると「仮定できる」とされました。そして、関東大震災後、建築基準法の前身である「市街地建築物法」の大改正において、佐野先生の「水平震度」が採用され、建物の重量の0.1以上を地震力とするように法制化されました。そして、そののち、基準法の改正によってこの「水平震度0.1」が「0.2」に改正され、昭和56年(1981年)の新耐震基準において、「水平震度」から「標準層せん断力係数 Co」と表現に変わりました。

これが冒頭の「標準層せん断力係数 Co」の成り立ちです。佐野先生のこの論文は大正6年(1917年)に刊行されたものが残っているようなのですが、文語体で書かれていることで現代口語体訳まで出ているようです。高速に処理するコンピュータがなかったソロバンの時代に、どうしたらだれもがある程度の目安を持てるのか?ということをお考えになった佐野先生のおかげで、今の日本の建築における地震に対応する手法があるのだなぁと痛感しました。できれば、どこかで原書を手に入れたいです。

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